映画レビュー

やせ気味の、寡黙な、黒人の殺し屋。
舞台はスペイン。
思わせぶりな組織の面々。
面々がつなぐ色違いのマッチ箱。
二杯のカプチーノ。
眼鏡をかけた、魅惑的な裸の女性。
久しぶりにみる工藤夕貴。
ロードムービーのようにすすむ、たんたんと、ただしたっぷりと雰囲気を染みこませて。
静寂をきりさくようにかきならされるエレキギター。
すこしデッドマンのアプローチと似ている。
何かが起こりそうな予感をつねにはらませつつ、
なにも起きずに、
肩透かしをくらわせ、
フラットなストーリー展開にみているこちらのリミッツもせまる。
「自分こそ偉大だと思う男を墓場に送れ、
コードネーム、孤独な男」
仰々しいせりふまわし。
スイッチはばらまいておいて、何も押さない。
誰も押さない。
点と点はつながらず、カタルシスはおとずれない。
プロトコルをふんで、イマジネーションを、説き、
イマジネーションで、
解く。
音楽レビュー

もともと、ジャンルにこだわりはなく、
ただいいと思うものを、気の向くままに聴いて、
最近はジャズだとかクラッシックを、重点的に聴くようになり、
歴史は繰り返すじゃないけれど、
まあここに落ち着くのかなと、経てきた年月とうかべ重ね、
だけど、
初夏の暑い日ざしと、女子高生のごくごく短いスカート丈を観ていたら、
わずかばかりの青くさい衝動に、何かに落ち着くことのない自分を肯定したくなる。
オアシスの二枚目のアルバムは、
そんなときに聴く、
僕にとって大切な一枚だ。
確かに年月は間違いなく経ち、
それが過去であったことも然り。
だから、
それが自分の中に今もあることも、また然りだ。
僕はこのアルバムを聴いて、それを確かめる。
日記
日記
ひょんなことから永田町に泊まることになった。
夜、それなりの寒さの中、えきをおり、地下鉄の階段を上がる。
コンビニエンスストアがあり、その前に警備員が立っている。
手ごろな木の棒をもって立っている。
ちらちらと二度見される。
違和感を感じつつ道を下る。
自民党本部の前にさしかかる。
麻生太郎のポスター。
オバマの就任演説を思い出す。
警備員が何人もいる。
木の棒ももっている。
ちょっとはいってみようかなと思ったけど、とてもそんな雰囲気ではない。
あわよくばとはいかない。
翌朝、すこし空いた時間で国会議事堂でも見学しようかと、サンデージャポンをみながら思う。
日曜の朝なのに誰もいない。
何車線もある道を、高級車がはしるだけ。
警備員の数のほうが多い。
そして手ごろな木の棒。
写真を撮ろうと携帯をかざす。
視線を感じる。
耳にあててみて、ごまかす。
澄んだ冬空。
人のいない歩道。
無口な警備員。
手ごろな木の棒。
表参道まで六分。有楽町まで四分。
上野公園のホームレス。
浅草の道端の毛布とダンボール。
格差社会。
ブロック経済。
国立国会図書館。
日曜休館。
映画レビュー

彼女をはじめてみたのは、日比谷の野外音楽堂だった。
たしか十年くらい前だ。
白いワンピースで、はだしだった。
髪は長く、乱れ、異様な雰囲気だった。
演奏がはじまった。
彼女は叫んで、あしもとに置いてあったミネラルウォーターを頭からかぶった。
数年が立ち、いくつかのヒット曲がうまれ、世間的に彼女は認知された。
だからというわけではないけど、僕の興味はそれ、彼女の歌を聴かなくなった。
「大丈夫であるように」
是枝監督がCoccoの全国ツアーをおったドキュメンタリー映画。
はじまって、数分で涙がでた。
きっと、こんなに純粋ではかない存在をみたのはほんとうに久しぶりだったから。
これだけ目をとじずに、すべてをみていたら、
手を広げて、痛みをうけとめていたら、
みているぼくは思わず手をさしのべたくなる。
その代償のように、美しいメロディと美しい歌声。
クライマックスのライブシーンで彼女は聴衆にむかって叫ぶ。
「生きろ」と。
なかば自分自身にむけて。
ほんのわずかなエンドクレジットのあと、僕は心から思った。
大丈夫であるようにと。


